2016
 
2015年度卒業式・学位授与式 挙行される
今回の卒業生は1548名、卒業生総数は9万3千人超える

 2015年度の卒業式・学位授与式が、2016年3月15日(水)、70周年記念館「フレアホール」で挙行されました。式は午前10時から経済学部、人間科学部、大学院(経済学研究科、人間科学研究科)、また午後1時からは経営学部1・2部、情報社会学部、大学院(経営学研究科、経営情報研究科)の二回に分けて挙行されました。卒業生は学部合計で1,548名、大学院修了生50名で、卒業生・修了生総数は9万3,498名となりました。

 会場は、真新しいスーツや袴姿の卒業生、父兄で満席になり、吹奏楽部の演奏、グリークラブの合唱で雰囲気が盛り上がるなか、列席者の紹介が行われ、各総代に卒業証書、学位が授与されました。


(コ永光俊学長式辞・抜粋)

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 本学の歴史80数年を経て、時代は大きな転換期を迎えています。2001年9月11日、アメリカでの爆破テロは世界史の転換期になると思います。そして2011年3月11日の東北大震災・福島原発事故は日本史の転換点になると思います。資源環境がいつまでも無限に、無尽蔵にあり続けることを前提にした科学技術の発展による経済成長を信じて自然を征服してきた時代から、資源環境が有限であることを突きつけられて、今までの征服ではなく、共生が求められる時代になるのではないでしょうか。私たち古い世代はグローバル競争とか経済成長とかにまだまだしがみついています。しかし、新しい時代をつくるのは、今日、ここに集まっておられる皆さんです。今、古い価値観と新しい創造の息吹のせめぎ合いが起こっています。これからは対話・協働が真剣に求められてくると思います。ある意味でおもしろい時代です。

 私の個人的な話ですが、最近、京都岡崎の国立近代美術館で草木染めの志村ふくみさんの回顧展がありました。そこに「桜重ね」という桜色の美しい着物がありましたが、どのように染めるのでしょう。桜の小枝を集めて、それを煮染めて美しい桜色になるのです。志村さんは「それらの植物で染まる色は単なる色ではなく、色の背後にある植物の命が色を通して写し出されているのじゃないかと思うようになりました」とおっしゃつています。何千年と染められてきた日本の伝統の着物にはこういう命のやり取りが営々と続けられてきたのです。

 つい先日、山形県の天童市で70歳代の老夫婦と懇談しましたが、わずか60アールの畑にサクランボ、ぶどう、桃、りんご、柿を植えて年間600万円以上の収入を得ている。老夫婦は「栽培している一本一本の木を思い浮かべることができる規模で栽培しています。確実に責任をもって手入れしていくと植物は必ず応えてくれる」。ここがポイントです。志村さんの草木染めと同じく、命のやり取り、命の響き合いが行われていると思います。先ほど、大きな時代の転換期と言いましたが、その転換期において何千年続いている世界史、日本史を貫くものがあります。それは何か?それは「命のやりとり」「命の響き合い」ということです。

 皆さん、本学での4年間あるいは2年間を振り返ってみてください。本当に信頼できる先生、先輩、一生付き合える友人は見つかったでしょうか。私は、「ゼミの経大」「マナーの経大」「就職の経大」と言ってきました。こうした信頼関係、命の響き合いを大経大の教育の根本として目指してきました。単なるマニュアルではなくて、単なる就職のためだけの教育じゃなくて、一本一本の木に目配りするように、また、草木染めの志村さんが小枝に対し命を注ぐように、そっと手を添え、じっと待つ。こういう教育をしたいと思っています。

 初代学長の黒正巖博士は「道理は天地を貫く」と言われました。いろいろなことがあっても、結局、人が生きるべき道理、命の響き合いというのは、この世界を貫いているのだと。この大経大にしかない世界で唯一のオリジナルな言葉「道理は天地を貫く」。これを胸に刻んでいってほしいと思います。きっと、皆さんの人生を支えてくれるものと思います。

(佐藤武司理事長式辞・抜粋)

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 本日、卒業される皆さん、誠におめでとうございます。あわせてご家族の皆様、永らくご苦労様でした。小学校から数えると実に16年という永きにわたって、本当にありがとうございました。

 私は、1964年にこの学校を卒業いたしました。それから今年で52年になります。「光陰矢のごとし」。まさに過ぎてみれば、あっという間であったように思います。わが大学も1932年に浪速高等商業学校として産声をあげて84年の歴史を重ねてきました。卒業生も9万3千人を超え、各界で多くの諸先輩が活躍されています。

 皆さん方は、これから生涯にわたって最終学歴は「大阪経済大学卒業」という看板を背負っていくことになります。本日、卒業されて、あと何十年という永い人生を送ることになりますが、社会に出たら、大阪経済大学の先輩として後に続く後輩たちのためにも活躍してほしいと思います。

 先ほども申しましたように、わが大学も歴史と伝統に培われ、あと16年で100周年を迎えることになりますが、ただこれに甘んじているだけでは生き残ることはできません。世の中はすごいスピードでグローバル化や高齢化が進んでいます。それに地方の過疎化も進んでいます。人口の減少とともに、最近は、日本の産業も中国や韓国や台湾などに追いまくられてかなり厳しい局面を迎えようとしています。そういう時代のなかで、わが国もいよいよ2018年度から始まる18歳人口の減少という少子化時代の到来ということで、大経大の経営も決して易しいものではありません。皆さん方も、社会に出られたら、是非、自らでものを考えて行動する能動的な人間となって、大学の名声を高めていただきたいと思います。皆さん方の活躍が大学の評価を高めることになります。この社会は決して楽しいことばかりではありませんが、そんな時こそ大経大で学んだ誇りと自信をもって乗り越えてください。

 皆さん方もご存知だと思いますが、わが大学の同窓会組織として「大樟会」という組織があります。「大樟会」は、北は北海道から南は九州まで全国に51支部あります。皆さん方の就職先や勤務先の近くにも支部があると思いますので、是非参加して多くの先輩たちと交流を深めていただきたいと思います。これも「つながる力」だと思います。そして、毎年10月末頃には大学と同窓会が共催でホームカミングデーと同じ日に大樟会総会も開催します。これにも、是非、参加してみてください。

 最後になりますが、社会に出て仕事や勉強でアドバイスを必要とするときや、悩んだときには、是非、学校に相談にきてください。これこそが、わが大学のブランディング戦略「つながる力1」の本質であると思います。

 皆さん方にとって、これからの人生が素晴らしいものになりますことを祈念いたします。

(田村正晴大樟会会長祝辞・抜粋)

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 さて皆さん、いよいよ人生の大きなターニングポイントを迎えました。そこで、一先輩として、是非「心してほしい」ことを二つお話いたします。一つでも心に留めていただければ幸いです。

 まず一つ目。今、このホールの二階の席ではご両親をはじめ多くの方々が晴れの門出をご覧になっています。皆さんがここに無事に卒業式を迎えられるのは、この方々のお陰であることを、まず感謝しなければなりません。昔の卒業式の歌「仰げば尊し我が師の恩」の「我が師」とは先生だけではありません。今日まで皆さんを育てていただいた全ての人々のことではないでしょうか。この「身近な人を思いやる」こと、すなわち自分のことだけでなく「人のこと、周囲のことを考え行動する」ことは、社会人としての必要条件だと思います。それがひいては社会のこと、日本のこと、世界のことを考えることにつながるように思います。東日本大震災の被災地では、ふるさとに帰れず避難先の仮校舎で卒業式を迎える小中高校生がいます。同じ時代に卒業する者として、「思いやる」ことが大切ではないでしょうか。

 二つ目は、皆さんは間もなく職業人となられます。サラリーマンは「給料をもらう人」だからサラリーマンと言われるのですが、働く目的はなにも給料だけではありません。職場から知識や能力を自分でもぎ取ってくることも金銭に代えがたい目に見えない収入です。そう考えれば給料の高い低いでやる気をなくすこともありませんし、難しい仕事に挑戦することができます。

 昔から「三日、三月、三年」ということが言われます。職業人生活は三日もすれば緊張もほぐれ、体も慣れてきます。三月も過ぎると周囲が見えてきます。三年もすれば仕事が身についてきます。だまされたと思ってこの「三日、三月、三年」をやり抜いてください。間違っても三年未満で退職をしないことです。一年、二年ではキャリアにもなりませんし、ただの落伍者でしかありません。人生、あきらめずに辛抱し、やり抜いた人が最後に勝ちあがるのです。それが、今も昔も変わることのないスタンダードな「勝利のセオリー」です。

 ところで、皆さんはAKBの「365日の紙飛行機」という歌をご存知でしょう。この私でも自然に覚えさせられました。そこにこんな歌詞があります。「思いどおりにならない日 あしたがんばろう」「人生は紙飛行機」「どう飛んだか どこを飛んだか それがいちばん大切なんだ」「心のなかに365日 飛んでいけ 飛んでみよう」とあります。

 皆さんが高等学校卒業の頃の「卒業ソング」のランキング一位は、「旅立ちのときに」ではなかったでしょうか。私の時代は「仰げば尊し」でした。今年はこの「365日の紙飛行機」がランキング入りするかもしれません。

 「心のなかに三日、三月、三年」「飛んでいけ 飛んでみよう」です。

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広報部 内田 敏雄