2015
 
2015年度
寄稿原稿特集

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卒業して40年、金毘羅さんで再会

吹樟会(吹奏楽総部OB会)

 昭和50(1975)年に卒業して40年という節目に当たり同期で一度も集まったことがないため一度で集まろうと、2代上の九州旅館観光連盟代表理事の松瀬先輩に声をかけ、琴平温泉に宿を確保してもらってから皆に声をかけました。

 新大阪駅発のぞみにて岡山まで。岡山にて真庭市からの同期生とまず合流。岡山から各停でのんびり琴平まで行きました。旅館で大分と地元香川からの卒業生と合流、まずは風呂にゆったりと入り会食が始まりました。40年振りなので顔を合わせても一瞬お互いがわからず戸惑いましたが、すぐに打ち解け40年前のクラブ部室の状態となりました。しかし還暦を過ぎた面々ですので、以前は豪快な酒豪がドクターストップをかけられていたり、体にメスを入れたりとかいった話も出たりで月日の経過がもたらす現実に一同感慨深いものがありました。

 二日目は金毘羅さん詣で。785段の階段を40分かけて登り切りました。上る前は元気だった面々、登れば息が切れ下りは膝が笑い、と大変でしたが、皆無事に下ってきました。朝もしっかり食べたはずが少し早い目のお昼はもちろん讃岐うどん。うどんは別腹なのでしょうか、おでん一品がつくサービスで皆完食。

 参加者は先輩後輩3名を含め10人。トランペットやトロンボーンを今でも吹いている現役がいて還暦を過ぎても吹奏楽への情熱を失っていないのに感心しました。年に1回集まりたい、という声に励まされ次年度以降もこういった形で集まりたいと思います。

 また、11月1日のホームカミングデーに吹奏楽総部初期のOBが集合しました。昭和43年に応援団より独立した当時の先輩たちが、地元の大阪、兵庫、奈良から、また遠くは金沢、福井といったところから参集しました。40数年振りに見る母校は記憶にある校舎がまったくありません。D館での後輩たちの演奏を聴き、体育館の部室に行ってもきれいな建物に感心するばかり。子や孫の世代の現役学生の挨拶を受け皆ご満悦でした。懇親会でビールや立食を楽しみ、あと3年後に迫った独立50周年記念に向けてアイデアを出し合って行こう、と皆で誓い合い解散しました。

高塚 邦夫(41回)

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健康が一番、指宿・知覧へ

吹樟会(吹奏楽総部OB会)第5代会

 吹奏楽部の歴史は1960年に応援団吹奏楽部として始まりました。1968年2月に応援団より音楽性のさらなる追及を目指し独立、吹奏楽総部として出発して早47年。2018年が独立50周年となります。吹奏楽総部の「総」とは、吹奏楽団、チアリーディング、マーチングを目指し、音楽のあらゆることに挑戦することを目指したそうです。現在はOB・OGも500人を超えます。2018年の創部50周年に向けて総会を開こうと準備を始めようとしています。全員が集まることは無理でも、なんとか成功したいと思っています。

 OB・OGで同期会を行っている代はいくつもあります。今回は、その内第5代幹部(1971年度卒業生=同窓会回生では第38回卒業生)の旅行に参加しました。この回生は数年前から年1回旅行を企画し、今まで金沢、伊豆等に行かれています。今年も桜咲く4月初旬にツアーが始まりました。

 初日に新大阪駅発の「さくら」にて鹿児島中央駅まで。鹿児島は生憎の小雨模様でしたが、市内観光バスにて西郷隆盛像や仙巖園を見学。仙巖園からは雲を冠った桜島がよく見えました。指宿枕崎線にて錦江湾を車窓に見ながら指宿に、そこで指宿温泉に投宿、名物の砂蒸し温泉を堪能しました。夜は食事中から会話も弾み、さらに夜遅くまで部屋で楽しく過ごしました。会話のほとんどが病気や薬の話が多いのはご愛嬌ということで。

 二日目は知覧観光(武家屋敷、特攻平和会館)、西大山(JR日本最南端の駅)、池田湖(イッシー)、長崎鼻と時間の許す限り観光し、帰りはまた指宿まで戻り、観光列車「指宿のたまて箱」で鹿児島中央まで1時間の旅を楽しみました。

 参加者は男女合わせて10人。現役で尼崎市吹奏楽団でトランペットを吹いている松島さんを始め、大樟会石川支部で事務局長を務めている小嶋さん、兵庫県労政協会で理事を務めている城内さん、その他多士済々の方々です。お住まいも大阪、奈良、兵庫以外に石川、千葉、大分とバラバラですが、顔を見れば一泊二日があっという間でした。

 創部50周年の記念総会(予定)を、きれいになった校舎で元気で再会することを願って解散しました。

高塚 邦夫(41回)

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